2. 新しい反応の発見と合成への応用
陽イオン中間体(ジカチオン)の化学,芳香族化合物の多官能基化への応用
芳香族化合物は創薬化学・機能物質科学において最も重要な構造単位の一つです。極めて多くの医薬品は芳香族構造を有しています。芳香環の化学は医薬品化学に直結する研究テーマです。しかし芳香環を有する化合物の合成化学の問題点は,芳香環上の官能基の種類および配置の多様性の低い創出力にあります。すなわち出発物質として供給されている多置換芳香族化合物の種類が少なく、また芳香環への官能基導入反応も大きな制限を持っています。私たちは、芳香族化合物の置換基の種類および配置の多様化を実現するために 1)反応の応用性の拡大 2)反応の高効率化 3)芳香族置換基直接導入反応の開発 の研究を行っています。上記の目的を達成するために強ブレンステッド酸(プロトン酸)中で起きる有機分子のプロトン化によって生成する高度に求電子的なカチオン分子(ジカチオンもしくは、最近ではモノカチオンに注目している)を利用する反応研究による芳香族化合物合成の新反応の開発を研究しています。また反応活性有機分子種の構造研究も行い構造有機化学の進歩にも大きく貢献しています。この研究テーマは20年以上継続して研究を続けています。私たちの多くの成果が、George A. Olah (1994年ノーベル化学賞受賞者(カルボカチオンの観測)およびDouglas A. Klumppの著書"Superelectrophiles and Their Chemistry"(Wiley-Interscience、2007)に多数のページを割いてまとめられています。
例えば、私たちはブレンステッド酸を用いる芳香環への酸素官能基導入の新反応を発見しました(図4)。芳香環への酸素官能基化反応(形式的には酸化反応)は、ほとんど研究が進んでいない重要な研究テーマです。いわば、ベンゼンからフェノールを合成するということです。私たちの先駆的な研究では酸素源はニトロ基です。この反応は非常に特徴的な置換基効果を示し,置換基がニトロ基やトリフルオロメチル基など強力な電子求引基において高収率で反応します。単純なフリーデル・クラフツ型の反応ではないことが示唆されました。私たちは、ベンゼン環の関与する初めての[2+3]環化付加反応(1,3-dipolar cycloaddition)であることを計算化学を用いて提唱しました。また生成物の4H−1,2−ベンズオキサジンは新規なヘテロ環化合物です。その反応性の研究として,マイルドな加熱によって,新たな反応活性な中間体であるベンゾキノンメチド3を発生する新しい前駆体であることを明らかにしました。電子求引基を置換したベンゾキノンメチドを初めて発生させることができました。
図5 新しいヘテロ環である4H-1,2-ベンツオキサジンへの環化を経る芳香族酸素官能基化反応の開拓
最近の研究でトリカチオンの反応への関与を初めて実験的に世界で初めて提唱することに成功しました。一方で極最近、反応性が亢進したモノカチオン種を創り出すことに成功しています。芳香族分子創製の応用力のある反応を開拓しつつ、反応機構への考察・実験を行い新しいカチオンの反応概念を提案し続けたいと考えています。
【関連する研究成果】
Sumita, A. et al. Chemistry - An Asian Journal, 2014, 9, 2995–3004.
Kurouchi, H. et al. Chemistry - A European Journal, 2014, 20, 8682-8690.
Kurouchi, H. et al. J. Am. Chem. Soc., 2010, 132, 807-815.
Nakamura, S. et al. J. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 1724-1732.
Sugimoto, H. et al. Advanced Synthesis & Catalysis 2007, 349, 669-679.