4. 理論計算を用いる構造研究と有機軌道論の展開
構造化学・反応機構の解析・機能分子や生物活性物質の理論的な構造設計と機能予測、計算生物学
有機分子の構造や反応経路の研究には実験的証拠が必要であるが,実験的には入手できない構造情報や反応経路におけるエネルギーを算出して反応経路を提案することを行っています。また化合物デザインにおいて安定な構造や結合強度への置換基効果を予測することができます。多くの計算テーマは実験テーマとの組み合わせで行われています。約30年前に初めてab initio分子軌道計算を独学で始めたときの苦労は、より新しい計算手法を習得するmotivationになっています。
有機反応化学や有機構造化学において分子軌道論は現象の理解を与えてくれます。フロンティア分子軌道論(FMO)は反応性の指標として用いられていますが,分子軌道のカノニカル性のため反応中心に局在するわけではなく、また複数の分子軌道に分散し,官能基ないしは反応中心に局在化した反応性を必ずしも表現しません。たとえば下の例は初歩的な有機化学の内容ですがFMOの問題点を明確に表しています(図9)。軌道概念は有機化学の本質を理解する上で大事にして行く必要があります。
図9 フロンティア軌道理論はアニソールのortho/para配向性には有効であるが、
ニトロベンゼンのmeta配向性を説明しない.o/m配向性になってしまう.
私たちは,以前、単一の混成分子軌道にして反応性混成軌道 (Reactive Hybrid Orbital, RHO) と呼ばれる,well-behavedな反応軌道を得るための手法を開発しました。芳香族求電子反応の配向性を始め様々な化学現象に応用しました。継続して局在化軌道の重要性を探究していきたいと考えています。
一方、オレフィンやカルボニル基の面選択性の理解に「軌道位相環境の非対称化」という概念を提唱しました。そのアイデアはSatoshi Inagaki (ed)"Orbitals in Chemistry (Topics in Current Chemistry)"Springer-Verlag (2010)のbook chapterにまとめてあります。この概念のさらなる検証が必要であると考えています。局在化軌道の重要性を実験化学に生かしていきたいと考えています。
励起構造の計算は実験スペクトル(例えばUV,CD,蛍光スペクトル)との比較という点で重要な研究領域です。私たちはこの分野についても研究を開始しました。
生体分子(特にタンパク質)を分子レベルで計算科学を用いて扱うことは私達の長年の夢です。新しい計算手法を用いた研究に挑戦し続けます。
【関連する研究成果】
Ohwada, T. et al. Proceedings of the National Academy of Sciences of the U. S. A.,2013, 110, NO. 11, 4206-4211.
Sasaki, M. et al. Angewandte Chemie International Edtion, 2013, 52, 12956-12960.
Tsuji, T. et al. Chemical Physics Letters, 2009, 473, 2009, 196-200.
Nakamura, S. Hirao, H. et al J. Org. Chem., 2004, 69, 4309-4316.