教室の流れ
長井教授とエフェドリンナガ井
近代日本の科学の黎明期に薬化学教室の歴史は始まった。長年のドイツ留学から帰った長井長義が意気盛んに研究を開始したのは明治17年(1884)であった。日本の製薬工業の基礎を築きつつ、早遠世界の注自を浴びることになった成果が、漢薬麻黄の活性成分の研究である。エフェドリンの分離・構造研究そして合成が行われ、さらに立体異性体、光学異性体が合成され、生物活性が調べられた。「エフェドリンナガ井」として大日本製薬で製晶化され、基本医薬品として、現在に至るまで用いられている。そしてこの薬化学研究法は100年有余の現在でも厳と引き継がれ旺盛である。また、長井長義は女性化学者を育てたことでも知られている(「化学と工業, 2002, 55, 5, 546-549, "ロールモデルとしての女性化学者像"( 蟻川芳子による)」参照。)。
近藤平三郎教授は長井教授を引き継ぎ、アルカロイド研究を展開させた。新しい研究分野として放射性物質の基礎研究、さらに微生物利用によるビタミンCの合成など先駆的研究を続けた。落合英二教授は現代化学を薬学にいち早く導入した。反応機構研究、電子論の理解に情熱を傾けた。なかでも、ピリジンNオキシドに代表される複素環Nオキシドの研究は、時の技術の水準を超えている上に、学問的発見として、将来にわたって価値の減ずることのない化学を展開させた。キニーネ、インドールアルカロイドの研究は天然物化学、立体化学に寄与したばかりでなく、戦時の医薬逼迫を解消せんとする研究でもあった。
トリカブト(左)とその有効成分(右)
岡本敏彦教授の天然物化学研究はトリカブトの毒成分の研究が光彩を放つ。この複雑な構造の化合物の構造決定において世界に誰も追従できる者はいなかった。岡本教授は天然物研究の新しい方向として、動植物に微量しか存在しない生理活性物質を、生物活性試験を指標として探し出すことに力を注いだ。そして、植物の生長にホルモンとして作用するオーキシン、ジベレリンなどを実際に植物から分離した。この研究の展開は植物細胞分裂を引き起こすサイトカイニンの研究でも芽を吹き、2クロルピリジルフェニルウレアという簡単な化合物に天然物よりはるかに優れた特性を見いだし、現在、特徴ある薬剤として農業において活躍している。
首藤紘一教授は教室名の言葉通りの薬化学研究を行った。すなわちジカチオン性芳香族求電子置換反応、芳香族アミドの立体化学という新しい発見を含む基礎有機化学研究と発癌の初期過程や発癌プロモーターの癌研究そしてレチノイド研究である。レチノイド研究はレセプターを想定した生物活性試験を指標とした先見的な研究であり、当初より創薬研究に留まらことなく医薬品を指向している。近年のレセプター関連創薬の先駆者と言ってよい。一見両立しないこれら二つの方向の研究を首藤教授が同時期に展開していったことは驚異であると同時に薬化学の本領を示した。(2000年3月定年退官)
2001年から大和田智彦が教授を担当している。